韓国で広がる「パン巡礼」 若者を夢中にさせるベーカリー熱


韓国ではいま、パンがただの軽食ではなく、旅の目的地になっているようです。現地では有名ベーカリーを巡ることを「빵지순례(パンジスルレ)」、つまり「パン巡礼」と呼び、この言葉が日常的に使われるほど定着しています。韓国観光公社の案内でも、若い世代が“ベーカリー巡礼”を楽しむ様子が紹介されており、ソウルの龍理団通りや大田の聖心堂は、その代表的な舞台になっています。

面白いのは、このブームが「おいしいパンが増えた」というだけでは終わっていないことです。韓国メディアは、パン屋がカフェやギャラリーのような目的地になり、行列そのものまで一種の儀式になっていると伝えています。パンは食事というより、好みや感性、そして休日の過ごし方まで映すライフスタイルの記号になりつつあるようです。

その熱気を象徴するのが、大田の名店・聖心堂をめぐる風景です。韓国観光公社の日本語ページでも、大田観光の流れの中に「パン巡礼」の立ち寄り先として聖心堂が組み込まれていますし、韓国紙は大田駅のコインロッカーが聖心堂の紙袋で埋まった様子を報じました。観光客がまずパンを買ってロッカーに預け、それから街を歩く。パンがもはや“おやつ”ではなく、“旅の戦利品”になっている感じがして、なんだか可笑しく、同時にとても現代的です。

考えてみれば、これは少しぜいたくな時代の「聖地巡礼」なのかもしれません。昔なら名所旧跡を見て回ったところを、いまは行列のできるベーカリーを目指す。しかもそこには、写真映えやSNSでの共有だけではない、かなり本気の熱量があります。韓国のパンブームを追った報道では、若者たちが高速鉄道や夜行バスで各地のベーカリーを訪れ、地方のパン屋が都市の百貨店に出店して長い列をつくる様子まで伝えられています。

お米の国のはずなのに、いまや「パンのために移動する」人がこんなにいる。その少し意外な感じも、このブームの魅力でしょう。韓国観光公社の英語ページでも、韓国では本来主食は米だが、今ではZ世代がパンに強い情熱を注ぎ、パン巡礼に出かけると説明されています。パンは空腹を満たすだけのものではなく、気分を上げる小さなイベントであり、街の個性を味わう入り口でもあるのです。

パンを大事に預けるためのロッカーまで現れる光景を見ると、流行というより、もう一つの文化が育っている最中なのだと思います。名物パンを抱えて駅に向かう人たちの姿は、少し大げさに言えば、現代の巡礼者です。ただし向かう先は寺院ではなく、焼きたての香りが漂う店先。そう考えると、韓国のパンブームはずいぶん平和で、ずいぶん幸せな熱狂です。旅先で人が真剣に追いかけるものが、まだ温かいパンであるうちは、世の中もそんなに悪くないのかもしれません。
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